旭山動物園の園長さんと上野動物園で




日本の最北、北海道旭川市にある〈旭山動物園〉。閉園の危機から脱し、奇跡の動物園とまで称された。
一般的に動物園が導入している、動物の姿形を見せるための形態展示ではなく、行動的特徴、つまりありのままの動物たちの営みを観るために環境を整えた行動展示を導入して以降、それが注目を浴び、今や旭山動物園の名は日本中に広まった。加えて、入場者数も国内のみならず世界でも上位を保ち続けている。

旭山動物園園長・坂東元さんと初めてお会いしたのは、桜の蕾が全開にひらいた4月の半ば、ピースボートという船の上だった。

この春、巡りめぐってすてきなご縁を頂き、船旅を共にして以降も、互いの近状を報告しあっている。

「どんなに愛しても、必ず死はくる」

坂東さんの洋上講演で放たれた、この言葉が重くて好きだ。生きとし生けるものの生には限りあることを改めて知り、自身の生き方を見つめなおさせられる、私にとって気づきの言葉となっている。

地球を次世代に渡すとき、できることなら人々が健康で、自然豊かな世界を引継ぎたい。持続可能な社会の実現に向けて坂東さんは、〈自然〉と〈動物〉との接し方に重きを置く。
おごらない、ということ。動物たちに対して敬意をはらうということ。
生きとし生けるいのちに対して、人間の利便性のために排除するのではなく、ありのままを受け容れ、認め合える社会への道を提唱している。その意味を知って初めて〈ひとつながりの命〉を理解することができる。

坂東さんは飄々とした表情で、動物園は人間のエゴだと言った。だからこそせめてもの責任として、その命を預かる立場として、いのちをつなぐ義務を負っているのだ、とも。
ならば動物園の園長という立場は、エゴの骨頂か。そういう風にも聞こえてしまう。おそらく坂東さんはそんな自覚を持ちながら、自然界に在るいのちをつなぐべく最善の方法を思考し続けているようだった。
坂東さんの頭の中に描かれた明瞭な未来図は、心に染み入る図太い直向きさを思わせる。その純粋さは、地球に住む多くの人たちの心を動かす要素となるに違いない。

最後に私が動物園に行ったのはいつだったろう。小学校のときの遠足以来だろうか。坂東さんと共に上野動物園のゾウを見つめながら過去の記憶を呼び起こしていた。
多くの人が学校教育の一環として「命の大切さ」を学びにきたであろう動物園。私はそこでゾウを見つめる坂東さんの背中を、じっと見つめていた。
動物たちに惹かれるように生きて行く様を見て、誰も入る隙間もない、確かな愛を目の当たりにする。

人が、あらゆるものの生死を決めてしまう理不尽さが蔓延する世の中で、ずっしりと重い、安定した愛を感じていた。

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