2018年7月11日 3回目のこんにちは




 

前回の面会から、また1ヶ月が経った。

この1ヶ月、わたし自身は次の記事連載の最終稿に追われていた。

また沖縄の慰霊の日には、現地の式典へ伺うために、しばらく東京を離れてもいた。忙しなかったためか、あっという間に過ぎた1ヶ月であった。

予定などなくとも、1ヶ月なんていうときは一瞬にして過ぎ去ってしまう。春が来たと思えば、ゆく春を惜しむ間も無く、蝉時雨とともに夏が到来する。こうした季節の変わり目を肌で感じながら、わたしは有意義に生きられているのだろうかと、今ある時間の尊さを噛み締め、限りある命の重みの儚さを、改めておもう。

そんな夏の始まり、土屋さんからの返信を待って会いに行くつもりであったが、2週間前に彼に宛てた手紙の返信が未だ無い。

だが、色鉛筆とスケッチブックの件で、その後購入できたかどうかが気になっていた。今日、その結果を知るべく4度目の面会を果たすこととなる。

 

3番面会室

面会手続きの際、拘置所から被収容者(死刑囚や勾留者)との面会許可がおりると、次のような面会表を渡される。

これを持って荷物検査を抜け、エレベーターまでの長い通路を歩き、面会室へとたどり着くことができる。

この一連の流れを、毎回こなす度に面倒だと思いつつも、そこで勤めている刑務官始め、職員の方々の苦労には頭が上がらない。

きょうは『3番』面会室を案内された。

着席後ほどなくして入室してきた土屋さんは、ナイキのスポーツウェアを身にまとい、黒い半パン、黒い靴下、サンダル姿だった。散髪したそうで、丸刈りになって涼しげだ。

彼が着席してわたしはすぐに喋り出した。

「ストレッチマンの資料、きょう新たに差し入れしておきました!」

彼は謙虚に、お礼を言った。

その後、彼から色鉛筆が無事、7月10日に手元に届いたとの報告が。良かった。(7月2日に購入手続きをしたとのこと)

だが、スケッチブックについては、

「購入させられない」「便箋用紙で代用できないか」という旨のことを拘置所側から告げられたそうだ。

「なぜ?」と聞き返しても、彼自身も、「わからない」と。

私があまりに不思議がっていたからか、

「そういう決まりなんです」と、彼は諦めに似たトーンで言った。

////////////////////////////////// //////////////////////////////////

拘置所内の規則

こうした意味のない規則(ルール)が拘置所には無数に存在する。

今回の面会だけでも、

(1)死刑囚によって購入できるものが違う

※土屋さんはスケッチブックを購入できないが、他の死刑囚は購入可能(?)な件

(2)便箋用紙は、手紙として出す際、裏面に書いてはいけない

(3)食事のお代わり禁止

など。

他にも、ルールであることの意味を見出せないような理解不能な規則がある。

拘置所内の規則 2ー死刑囚の面会人数、郵送発信数

面会人は1日につき、一回まで(2件目は追い返される。私自身も経験済)であること、手紙も1日に発送できる数が決められている等。

そして面会時間が、たったの15分と、極端に短い点においても不思議でならない。

なぜなのか?問うても納得のいく回答などもらえないのだろう。

土屋さんはそうした不便を感じながらも、色鉛筆が手元に来たことに喜んでいたようだった。これで絵が描ける、と。

話がひと段落したところで、私は聞いた。

「あれから(わたしが面会に来た日)、だれか面会に来ましたか?」

フジテレビのテレビのプロデューサーが、何の目的か判らないが面会に来た、と教えてくれた。

つまり、1ヶ月の間に面会に訪れたのは、たったの一件。驚きのあまり、私は言葉を失う。

それを察してか、「こういうことはザラにある」と淡々とした口調で、彼は言った。

彼の(上告審の)国選弁護人も一度か二度面会に来ただけで、それっきりだそうだ。

孤独な生活をしているのだと、想像に難くない。

報道にあった通りの彼の人生背景が事実ならば、人の温など与えられた経験が無い彼にとって、拘置所での生活は、さらなる孤独感に覆われているに違いない。

これ以上彼から奪うものは何なのか。

お金も人も職も失い、人を殺めなければならなかった状況から脱せず、犯してしまった者に対して『死こそ償い』という風潮が強い現代を目の前に、違和感を拭いきれない自分がいる。

////////////////////////////////// //////////////////////////////////

拘置所内の規則 3ー差入について

被収容者に対し、こちら側で用意した書籍や雑誌、資料等の差入れをすることができる(本人の手元に届くまで、刑務官らによる入念な検閲が入り、内容に問題有ると判断された頁においては黒塗りされる)。

これまで私は、土屋さんが描く漫画の参考になればと、彼自身が希望した「ストレッチマン」のあらゆる資料を差し入れてきた。そろそろこのネタだけでは本人も飽きるだろうと思い、他に欲しいものはないかと尋ねてみたところ、

「風景がみたい」と彼は言った。世界遺産に興味がある、とも。

そういうのも興味があるのかと、また意外な一面を見た気がした。

彼が外の世界に思いを寄せることができる唯一の方法は、独居室という閉鎖された空間で、小さな窓の隙間から狭い空を覗くことだけだ。

「きょうは晴れか雨か」その区別しかつかない毎日だと、絶景を眺めてみたいとの思いは安易に想像がつく。

彼の言葉は続く。

「虫とか生き物の写真もみたい」と。

私は間を置かず

「昆虫図鑑みたいなのは、私が買えない。汗」と言うと彼は、

虫とか苦手だろ、と言いたげな表情で「そうでしょうね」と、笑った。

彼の笑った顔を、私はこの時初めてみた。

口を緩ませ、目の奥が解けていく瞬間をみた。

これまでわたしに対して、決して核心を露わにせず、無表情を貫いてきた彼にとって、こうして表情を緩ませたのはいつぶりの事だったろうか。

冷淡で淡白な要素は、彼の多くを占めているのかもしれない。でも彼の性格や特性を形成したのは、果たして誰だったのだろう。彼自身が、自分を、自分で惨虐に作り上げたのだとは、私には到底思えないのだ。

15分の時が過ぎようとしていた。

「描いた絵があれば、みせてくださいね」と伝えると、

「12色の色鉛筆を購入したので、ピンクもあるので桜もかけます」と言い残し、彼は面会室を出た。

私はいつものように、退出する彼を見送った。

 

 

スポンサードリンク