2020年9月8日24通目




最高裁は今日、被告側の上告を棄却した。土屋さんの死刑が確定する。

上告が棄却される約1週間ほど前に、土屋さんと面会交流をする複数の方々から連絡をいただいていた。

死刑が確定してしまうと間も無く、外部との交流が途絶えてしまう。面会はもちろん手紙のやり取りさえできなくなってしまう可能性が高い。そのため土屋さんと交流を持つ人らから、土屋さんの最近の状況(面会時の様子)や、彼から私に宛てた伝言等を丁寧に教えてくれていた。

私のブログを読んで土屋さんに連絡を入れた方もいたようで、このことについて「土屋さんが感謝していた」という報告もいただいていた。このブログを通じて発信していた私の小さな声を拾っていただいた方へ、心から感謝したい。沖縄へ引っ越してきてからは土屋さんとの交流が減り、更新もできていなかったけれど、土屋さん自身は面会者や文通が増えていたということを知り、微力ながらもブログが機能していのだと実感させていただけた。

手紙を送る頻度もグンと減ってしまった私から、今になって便りをもらっても戸惑うかもしれないな・・・と、私はペンを執れずにいたのだが、土屋さんと交流を持つ人らの活動に背中を押され、書くことにした。私の声を届けられる最後の機会かもしれないという覚悟で。

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2020年9月8日24通目

土屋和也さま

こんにちは。ご無沙汰してしまい、申し訳ありません。

○○さんから、8月末頃にメールをいただきました。

土屋さんが、私が(補足:沖縄で)何かやっかいな事に巻き込まれていないか心配してくださっていたという風に伺って、「土屋さんらしいなぁ〜」と、懐かしい気持ちを思い出していたところでした。

実は7月に数日だけ東京に滞在していたのですが、休日だった為、面会も差し入れもかなわなかったんです。

お手紙もなかなか送れず、ごめんなさいね。

以前より交流が少なくなってきているにも関わらず、私の心配までしていただいて、とっても感謝しています。

土屋さん、間もなく私たちも交流が絶たれてしまうかもしれない・・・と、その覚悟で今ペンを執っています。

死刑制度の是非さえ議論する余地もない、大事なことは覆い隠すような、救いようのないこの国に憂いと憤りを抑えきれない気持ちがますます大きくなってしまっています。

土屋さんの声があまりにも小さな声として遠く離されているようで、ついには判決が覆らずに今日を迎えてしまったこと、ただただ無念でなりません。

どうか交流が経たれませんように。今はそう願うばかりです。

2020.9.8 河内千鶴

追伸  今日の沖縄は私の気持ちとは裏腹に、嘘みたいな青空が広がっていました。

ひとりごと

判決の翌週、土屋さんは最高裁を担当した弁護士に手紙を書き、判決訂正申立の手続き(再審)の依頼をしたが、その後弁護士からの連絡は一切無いとのことだ。

土屋さんのある支援者に対して直接

「再審しても無駄だ」と声を荒げたという報告も受けている。

弁護士として被告を弁護する気が無いのであれば、一筆くらい寄せてやっても良かったのではないだろうか。土屋さんは最高裁判決の後、担当した弁護士に「裁判やり直しの手続きをしてくれ」とお願いをしているのだ。

しかもその弁護士が、再審の手続きを行なう気がないという事を、土屋さんは支援者から聞いている。その事実を聞くまで、もしかしたら土屋さんはてっきり弁護士が再審手続をしているものだと信じていたとしたら・・・と思うと勝手ながらも憤りを隠せない。

弁護士として、被告人の持つ権利をきちんと伝え、被告人の思いを尊重し、弁護方針を一緒に考え、たとえ判決を受けた後だとしても、今後の方針について話し合うことが努めではないのだろうか。

それを初めから無駄だと言い放ち、土屋さん本人に一筆書き残すことさえしなかった行為は到底理解できないし、私には黙殺にしか思えない。

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