2017年12月20日 一通目




 

最近交流をはじめた、土屋和也死刑囚のことを掲載しています。近く彼のことを何らかの形で書いて伝えていこうと考えているので、これは私のためのメモです。

この記事をたまたま見つけてくれた方が、「死刑囚」という言葉さえ思い浮かばない日常だったとしても、この記事と出逢えたことで少しの時間、ひとりの人間としての死刑囚に想いを馳せていただけたなら・・・という淡い期待感を持ちつつ、気まぐれで更新していこうと思います。

主には私から土屋さんに宛てた手紙内容です。土屋さんの手紙についてはご本人の了承を得ていないため載せていません。

タイトルは私が手紙を送った日時。下記に始まる本文は手紙内容。巻末には、わたしの手紙に対しての土屋さんの反応を、わたしの視点で記しました。
私は手紙を書くとき、「どんなことを書こうかな」と、考えながら書き進めるため、(文法的に)文章に少し違和感があるかもしれません。ご了承ください。

 

 

土屋和也さまへ

こんにちは。突然のお便りをお許しください。
河内千鶴と申します。都内在住でライターをしています。
法律事務所の勤務経験もあり、刑事事件には普段から関心を持つようにしています。
この度は、土屋さんにお便りを出したく、ペンを執りました。

過去に社会に影響を及ぼした事件をいくつか調べておりましたところ、土屋さんが関与した、3年前の事件を知りました。
若者の貧困が進み、生きづらさが増し続ける現代に起きた事件で、
「金銭目的だった」と一言で片付けられないほどの、語られざる細部があったのではないかと思うのです。
「普通の生活を送ること」への不安や葛藤、そこに辿り着くまでの苦悩は、私にも、私以外の同世代にも当然としてあるもの。土屋さんと似た悩みを持つ人は、表に出ていないだけで数え切れないほど居るはずです。だから、この事件を知った時、土屋さんに対してのマイナスイメージのようなものは何故か、自然と湧き出てきませんでした。私でも状況によっては人を殺めていたかもしれない、と感じるからです。
私の勝手な解釈で、不快に思わせたならごめんなさい。
でも、もっと土屋さんの本心を聞きたいです。どれだけネガテイブな言葉だとしても、優しさに欠けた言葉だったとしても、聞きたいです。
そして、土屋さんは、私と同世代。
一人の人間としてお話ししたいと思っています。もし土屋さんが差し支えないなら、私の自己紹介(といっても、個性もない者ですが・・・)兼ねて、ご挨拶に参りたいと考えています。
一度、返信をいただけましたら幸いです。
外部の人と交流など、気が向かないようでしたら、何なりとおっしゃってくださいね。
このご縁が続きますように。
寒さが厳しくなってきました。体調崩されませんよう、ご自愛ください。
河内千鶴 2017/12/20

追伸
土屋さんのお名前の漢字は、「和也」でしょうか、「和成」でしょうか。二つの漢字が出回っているみたいで、どちらか判断つきませんでした。教えてくだされば嬉しいです。

2017/12/26 返信あり

返信が遅れた理由から事件に対しての猛省の思い、そして、年末年始をわたしが健やかに穏やかに過ごせるようにとの願いの一文も添えられていた。
文末には、クリスマスの日時と私への返信を書き終えた時間帯が記されていた。彼自身、クリスマスなんて意識も期待も、そして愛する人と過ごすことの意味さえも見出せない環境下に強いられているのだから、無意識のままに書かれたようなクリスマスという日が、どこか残酷に思えた。

ぴりりと冷たい冬の風、小路に漏れ聞こえるクリスマスソング、指先がかじかむ感覚。彩られた街中で愛する人と手を繋ぎ温を確かめ合うひとときが彼にも与えられたなら。

彼からの返信を手に、わたしはそんなことを想像していた。

世間から疎まれ、見捨てられた存在であることだけは確か。暴力でしか表現ができなかった"凶悪犯"呼ばわれの彼の心に、どれだけの人が思いを至らせることができるたろう。

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