サードプレイスー"居場所"は自分自身でつくる




 

 

////////////////////////////////// //////////////////////////////////

つまらなかった4月

トランプ大統領は今月6日、米中首脳会談で習近平国家主席に対し、巡航ミサイル59発をシリアに発射する命令を出したことを伝えた。
別荘の夕食会で。しかもデザートを食べながら。本人は
「私たちは、これまでに目にした中で一番美味しいチョコレートケーキを食べた。」とまで言っている。
さらに悔しいのは、今回のアサド政権の空軍基地攻撃について「米国政府の決意を日本政府は支持する」と安倍首相が述べていることだ。

4月25日の朝鮮人民軍創建85年記念日も、どれほど冷や冷やしたことか。
トランプ氏が軍事力行使を含む"全ての選択肢"を視野に入れているということに対し、
「敵が軍事的冒険に出ようとすれば、先制核攻撃で侵略の牙城を完全に消し去る」と牽制。

そして昨日の朝、29日、弾道ミサイル一発が放たれた。ほんとうに映画の中に居るようだ。

同じ25日、今村雅弘前復興大臣の心無い、自他をふりむく視力の無さを決定的にした「東北でよかった」発言。そう言えてしまうこと自体、犯罪的だ。

また同じ25日、政府は辺野古新基地建設の埋め立ての第一段階となる護岸工事に着手。
海の原状回復が困難になるその前に、どうか政府と翁長知事、互いの目を見て対話を重ねてほしい。

そして、4月14日の木嶋佳苗被告の死刑確定判決。
予想はついていたものの、戸惑いを隠せない。

必死に積み上げたもの全てを一気に地底に叩き崩されるような感覚。これから世界はどうなっていくんだろう、という漠然とした不安が心を覆う。色々諦めかかってる私は最近、自分の幸せのことしか考えなくなってしまった。

サードプレイス

「こんな企画をやります。ぜひ遊びに来てください。来年、自らサードプレイスを設けようと思っています。」

そんな不安を抱えた私を察したかのように送られてきた一通のメッセージ。お世話になっている一人の大学教授の先生からで、あるワークショップへのお誘いの内容だった。

よく解らない横文字だなぁと思いつつ、かつ企画の趣旨や理念を理解しないままに、すぐに参加意思の返事をした。

※下記、【サードプレイス】をコトバンク先生より抜粋

自宅(ファーストプレイス)や職場・学校(セカンドプレイス)ではない、一個人としてくつろぐことができる第三の居場所。米国の社会学者レイ・オルデンバーグが、1989年に自著『The Great Good Place』で提唱した。オルデンバーグはサードプレイスを、都市生活者に出会いや良好な人間関係を提供する重要な場であるとし、その特徴として「無料または安価で利用できる」「飲食が可能」「アクセスがしやすい(徒歩圏内)」「常連が集まる」「快適で居心地がよい」「古い友人と新しい友人の両方に出会える」点を指摘。代表例として、フランスのカフェやイギリスのパブなどを挙げている。日本では、サードプレイスの概念をビジネスコンセプトとして導入するコーヒーショップチェーン、スターバックス コーヒーが96年に出店を開始したことを機に、広く知られるようになった。

 

サードプレイス=想像力の射程を伸ばす場所

【ポストNGOを考える】というワークショップには当日、人生の指針を示してくれたピースボートの仲間と参加した。
NGOやNPO職員、大学教授、学生、会社員などさまざまな職種の方々がおり、15人定員のところ30人ほどが集まった。

タイで農村をしている方のあたたかくおいしい手料理を頂きながら、"NGO"と"サードプレイス"のキーワードを軸に議論が展開されていた。いろんな人のいろんな意見が飛び交う。

あるひとつの議論を重ねていくことで生まれる、一人一人の持つアイデアや思考を私は楽しんでいた。個を否定せずに、個の考えを楽しむという感覚が、自分自身に芽生えてゆくのを感じた。

いかなる報道もいかなる理念もいかなる流行りも日持ちしない世の中、いつも「なぜ」が置き去りになってはいないだろうか。もしくはそれを語る時の思考回路が、極端に短すぎてはいないだろうか。厚い雲に覆われたその向こうの風景を視ようと、あなたは努力しているだろうか。

あらゆる善悪を見通す視力を育ませるのに非常に優れた場所が、私にとってのサードプレイスなのかもしれない。そしてそれはもう、色んなところに配備されていて、自分が活かしきれていないだけだったのだ。

 

明日からまた日月火、ほら水木・・・

5月が来る。つまらなかった4月よりは少し、豊かに生きたい。
そのためにも自身の思考をだいぶと遠回りさせてみようと思う。
誰かの理解不能な発言が絶え間なく放たれようとも、救いようのない言葉たちが出回ろうとも。

暖かさを帯びた春の風が頬をやさしく撫で、キリリとした新しい若葉のいのちが木々に宿る。この生まれ変わりようを見届けるとき、春夏秋冬、四つの季節を尊くおもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

スポンサードリンク