頭上の空 あの日の空




※ライター講座の宿題

21歳で初めて海外旅行を経験して以来、私は5年間で50カ国以上、100都市近くの地を歩いた。靴底を減らし、翌日の筋肉痛のことなど気にせず、ただただ、そこに住む人々の歴史文化が築き上げた世界遺産の絶景を求め、旅をした。

「どこの国が一番良かったですか?」は、必ず聞かれる質問だ。正直ひとつに絞れないが、「ガダルカナル島」と度々答えてきた。南太平洋に浮かぶ、ソロモン諸島の首都であり、第二次世界大戦時に、日本軍と連合軍が熾烈な戦いをした島である。

戦後70年目の春、私は船でガダルカナル島に足を踏み入れ、戦跡地を巡るツアーに同行した。そのうちの一つに「血染めの丘」という何とも痛ましい名が付けられた場所がある。深緑のジャングルを抜けた先に秘密基地のように現れる、小さな丘。隅の木陰に慰霊碑があり、お花が添えられていた。訪れた時の気候は日本の真夏日を思わせ、燦々たる太陽が戦跡地と、私の肌をジリリと焼いていた。

現地ガイドは淡々と、当時の様子を解説し始めるが、一向に頭に入ってこない。「70年も前」と一線を引いてしまっているのか、今立っている地で当時、戦争があった事実など、想像すらできなかったのだ。ツアーを共にしている参加者を見ると、話を聞く表情は真剣そのもの。また、60歳以上の方々ばかりだ。私はふと、ある言葉を思い出した。船内で年配の女性が私にひっそり「ガダルカナル島で、私の父は戦死したのよ」と教えてくれたことを。その言葉は私を一気に、当時の「その日」に導いた。きっと73年前のガダルカナル島の空も、今日見上げた空と同じく真っ青で、豊かな光を放つ太陽と相俟っていたはずだ。私は過去の出来事をモノクロの世界と決めつけて、「隣にいるあなた」の痛みとして想像できていなかったのだ。

その実体験以降、私にとって空とは、たったひとつの『想像力という可能性』。

今日も空を見上げる。いろんな国の空が脳裏に浮かんだ。

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