ピースボートの船旅~世間が語る実態とは全く違う?!乗船者の体験から~




 

〈ピースボート〉という名詞をインターネットの検索欄に入力すれば〈実態〉、〈宗教〉、〈悪評〉など、名前とは相反する言葉が検索候補にあがってくる。
世間のピースボートに対する評価なのだろうか。私の周りでも、宗教団体だと勘違いしている友人が何人かいた。そのたびに、ピースボートが悪評団体かのようにみなされているのではないかと、私自身の実体験とかけ離れた軸に位置づけられていることに、ずっと疼いていた。

年の瀬もいよいよ押し迫り、今年はどんな一年だったかと振り返るとき、まず思い浮かぶのは、
「ピースボート第91回クルーズ」でのできごと。
その日々を振り返るとともに、
ピースボートが、いかに実態から離れた「イメージとしてのピースボート」にすぎないかを、私の実体験を挙げながら、ここに残そうとおもう。

なお、ピースボート洋上の様子や寄港地での様子は、公式サイトを参照されたい。

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旅立ち〈第91回クルーズ〉

さる4月、花のつぼみが開ききった頃。約千名の旅人と共に横浜港を出航。
爽やかな初夏の地中海を経て北欧5ヶ国をめぐり、さらに世界最深のソグネフィヨルドに続き世界遺産ネーロイフィヨルドへ。105日間の船旅で24寄港地へ訪れた。


加えて今回は、チェルノブイリ原発事故発生日から30年という日を跨ぎ、3.11から5年目の春に出航となったことも触れておきたい。訪れる先々は、これからの日本を考える上で欠かせない、地球にやさしい自然エネルギーをつくるところばかりだということも無視できない。
日本という狭い視野にとらわれず、見習うべき政策に触れながら多面的な視点を養えた体験になったことはいうまでもない。

〈きれいごと〉は語っていい

ここまで書いたところで、気づく。
こういった一見硬派なメッセージを伝えようとする姿勢が、宗教色や政治色をより色濃くしてしまっているのではないかと。

平和や政治を語ることがタブーとして処理されてしまう現代、「世界を今より少しでも良くしたい」「平和に寄り添いたい」という発言は何故か〈きれいごと〉に捉われてしまいがち。

けれど、たとえきれいごとであったとしても、本気で次世代に残したい〈メッセージ〉なのであれば、屈せずに発信できる一人でありたいと思う。革命を起こしてきた国々は、仲間同士で理想を語ることから始まってきたのだから。

ピースボートの船旅は、あやゆる時事問題を共に考えるきっかけを、その空間を与えてくれる。そこで働く職員は、とても優しくて前向きだ。いのちと向き合うことの重みを自分事として真っ直ぐ問うてくれる。船が出続ける限り、それはこれからも問われ続ける。

 

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不思議な巡り合わせ

一括りに〈出会いがよかった〉では片付けられないほどの、生涯を終えるまで繋がっていきたい出会いを頂いた船内生活。

水先案内人 ー かっこいい大人たち

ヒトが自然の中で生きていく上で持つべき価値観を、自身の責任として突きつけた、旭山動物園園長・坂東元さんとの出会い。
船を降りてからも、互いの進捗を報告し合う仲だ。(12月4日のブログに詳しい)

これから訪れようとする国々の国際情勢を広く興味深く語り、そこに居る人たちの営みを実体験を交えて教えてくれた、ジャーナリスト松本仁一さんとの出会い。

イラクの子どもたちの生活背景から、「誰でもできる国際協力のカタチ」としてチョコ募金を提唱してくれたJIM-NET事務局長・佐藤真紀さん。

「原発の寿命を延ばすことは、ひとの寿命を縮めること」を教えてくれたドイツ在住の環境ジャーナリスト・田口里穂さん。

国籍、性別、人種、文化、宗教など、あらゆる〈壁〉をアートを通じて溶かしあい、『まぜこぜ』に暮らしていくことの必要性を提唱し、その実例をGet in touchの活動報告から伝えてくださった東ちづるさん。写真は〈ドイツ国際平和村〉の子どもたちの日常を語っている一枚。

他にも書ききれないほどのかっこいい大人たちが、世界のことを教えてくれた。ひとりひとりの真っ直ぐな言葉が胸に響き、自身の考えを改める機会になったという人がどれほどいたことか。

※写真は全てピースボート公式ホームページより抜粋

何が実態か、何が宗教か

以上の活動を、私は地球4周の中から見てきたが、果たしてどこに関して宗教というべきか。そもそも宗教を悪とみなすこと自体に違和感がある。
私はワイフワークの中で、キリスト教信者の方や、アレフ(元オウム真理教)の方々との交流をしてきた。私は宗教を語れるほど知識はないけれど、少なくともその人たちに共通していることは、「みんな優しい」ということだった。どんな信仰を持とうとも、一人の人間なのだ。

真実は多面的に存在する

真実はいつも多面的だ。真正面から見ただけでは、組織を語るには早いのではないか。かつ、乗船したことのない者であれば、なおさらだ。さまざまな角度から眺めてみて、体験してみてこそ、本質は浮かび上がってくるものではないだろうか。ピースボートの真実、その実態は自分自身で体感してこそ理解できるものだ。

ほんの一部だけ、ピースボートの真実を以上に記すことにしたのは、2016年を振り返った時に一番記憶に刻まれている出来事がピースボートの船旅で地球を巡ったことだったからだ。
「ピースボートで旅人たちと世界をぐるっと回ったこと」。これだけで2016年の思い出が完結してしまうほどに。

ありのままの自分で生きられる

こんなにも自由に生きられる世界を、私はほかに見たことがなかった。

社会から排斥されてはならんと一貫性を保つ努力をしなくても良いということ。
"異質"ではなく"個性"として受け容れ合える社会がピースボートには当たり前に在るということ。
勇気を振り絞って外に出てみると、溢れんばかりの素敵な世界が待っているということ。

これまでに持ったことのない感性を得ることになった私は、自分のことをどんどん好きになっていった。気付けば自分を愛してくれる仲間がそばに居てくれた。ありのままの自分を個性として愛してくれる仲間が。

船旅を終えた今も、人生という航海を創っていくことになる最高の仲間だ。

 

ピースボートの船旅を通じて

足の竦みそうな現実を凝視めながらも、決して目を背けずに明日を創りたいと思った。
他者の痛みに思いを馳せる人間の想像力は、寛容な社会を築くには必要不可欠なもの。想像力の連鎖。それが連なったとき、今よりはやさしい社会が見えてくる気がしている。

一番の収穫は、そう思える自分に出会えたこと。それがこの船に乗ってよかった一番の理由だ。

いよいよ今年に幕を閉じようとしている。
年が変わっても、自分自身の時点を繋ぎ、知ることをやめないで生きていこうと思う。来年の抱負、というところだろうか。

来年も、これを読んでくれている方々ひとりひとりが、素敵なご縁で溢れますように。

2016年12月31日

 

2642字

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