世界ウチナーンチュ大会2016




ハロウィンの音色が艶やかに都内の街を彩る頃、わたしは沖縄にいた。沖縄訪問は、今年に入って2回目だ。東京に来て4年目。そういえば一度も渋谷や六本木のハロウィンを観たことがない。毎年話題になると知っていながら観ようともしなかったのかもしれない。
この時期は毎年、浮かれて見える人々を横目に、浮かれきれない自分との温度差に、取り残されて行く感覚が耐えられなくて。

世界ウチナーンチュ大会2016

5年に一度開催される、沖縄県主催のお祭り。戦前から海外へ移住したウチナンチュ(日系2世や3世と呼ばれる)が集まり、沖縄アイデンティティを確かめ合う。ウチナーンチュのネットワークの継承を強く訴え、その魅力と可能性を活用し、沖縄の未来を切り拓くということが大会のコンセプトだ。
私は、大会の最終日に合わせて沖縄に行くことにした。

各所で行なわれる、沖縄民謡パレードやシンポジウムに展覧会。博物館では、移民の歴史はもちろん、沖縄戦のことも学べるブースも用意されていた。沖縄のシンボル・首里城も、大会仕様に、キャンドルの灯火が城内に連なる。その穏やかな光が来る者を魅了し、どこか静かな安らぎが満ちていた。観光だけでない、過去の歴史から映る沖縄。素晴らしい場所でありながら、悲しい歴史の側面も持つこの場所を感じてもらおうと、様々な工夫がなされていた。

私は2日間、沖縄本島に滞在した。いろいろ見て回ってもなお、まだまだ行きたいところがある。
沖縄戦に向き合いたい気持ちはあるけれど、戦争の傷跡には少ししか訪れられていない。戦時中にマラリアが蔓延し、島民全滅の危機をもたらしたとされる波照間島には一度足を運んでみたい。東京にハンセン病元患者の知人を持ちながら、愛楽園にさえ足を運べていない。高江や辺野古で座っている方々の話も聞きたいし、本土の人間が何度でも観るべき〈沖縄戦の図〉が常展の佐喜真美術館への訪問も今回は先送った。

こうしていつも未練が残ったまま東京に戻る。すると、じわじわと「帰りたい」と思えてくるのだ。毎回訪問した時に感じる、沖縄の人たちの暖かさに、私は思わず、「ただいま」を口にしてしまうの。ぬくぬくする感覚に触れていたくて。その暖かさで守られている日常が羨ましくて、愛おしくて。その温もりを抱きしめていたくて、私は沖縄に訪れるのかもしれない。

翌日10月31日、東京行きの飛行機に乗り込んだ。最終便で疲れていた私に向けるかのように、キャビンアテンダントが機内放送の最後、楽しげに「ハッピーハロウィン♪」と言った。

スポンサードリンク