沖縄慰霊の日~平成30年沖縄全戦没者追悼式の内容と式典会場へのアクセス~




 

きょう(6月23日)は、沖縄慰霊の日。

わたしは前日に東京を発ち、沖縄入りしました。

糸満市摩文仁の平和祈念公園にて行なわれる【平成30年沖縄全戦没者追悼式】に参加するためです。

熾烈を極めた沖縄戦。第二次世界大戦において、当時、日本兵だけでなく、住民の4人に一人が戦火にのまれ、ないしは集団自決を強いられ亡くなったことは、言うまでもない事実。

この式典は、

歴史的事実をみつめ、沖縄戦で失われた20万以上の御霊に思いを馳せ、世界平和を願う沖縄の心を世に放つ

という趣旨のもと開催されています。

わたしはかねてから、一度はこの日・この場所に足を運んでみたいと思っていました。昨年の同じ頃、平成30年度の式典には必ず参加することを決め、今日に至ったわけです。

この記事では、式典の内容とともに、この日、この場所で感じたことを記していきます。

合わせて、来年以降も開催され続けるであろう式典に参加したいと思う方々が、不便なく確実に参加できるよう、現地までの行き方(慰霊の日当日は祈念公園内、一般車両の入場を控えなければならない等、特別な案内がある)をまとめます。

沖縄慰霊の日とは

『慰霊の日とは』と問われた際、きちんと回答できる人が少なくなっています。半世紀以上も昔のこと、それを知らない世代が増えてきていることに加え、義務教育の歴史の授業でも、戦後史までたどり着くことなく卒業を迎えることの方が多いからだと私はみています。

本題に入る前に、まずは、『慰霊の日』と検索することにしとにした。コトバンクよりその意味を下記に引用します。

沖縄慰霊の日

沖縄戦は1945年3月末、米軍が沖縄本島の西にある慶良間(けらま)諸島に上陸して始まった。日本軍の組織的な戦闘は6月23日に終わったとされるが、降伏を拒む軍人らによる局地的な戦闘は続いた。犠牲者は軍人と住民を合わせて約20万人。沖縄県は戦後、6月23日を全戦没者の霊を慰める日に定めた

コトバンクより引用

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式典当日ー会場までの行き方

冒頭にも記述の通り、慰霊の日、当日は祈念公園内、一般車両の入場を控えなければならない等、特別な案内があります。

もし来年以降、実際現地に伺う際に、不便なくスムーズに辿り着けるよう、主には県外からの旅行者向けに、アクセス方法を下記の通り記しました。

  • 式典会場までの行き方1~沖縄県庁発、無料シャトルバスで現地へ直行~

沖縄県庁裏から無料シャトルバスが運行されています。県のホームページでも、そこへの案内を促しています。

予約は不要。当日の午前8時~午前10時にかけて、約10分~30分おきに定員に達し次第出発。

これにさえ乗ってしまえば、会場まで直行なので、ずいぶんと楽です。

なので、もう少しだけ詳しく、県庁裏の無料シャトルバス駐車場までの行き方を書き添えておきます。

~ゆいれーる県庁前駅から県庁裏の無料シャトルバス駐車場まで~

①ゆいれーる県庁前駅の東口を出て、そのまま真っ直ぐ進む(この時点で沖縄県庁が右前方に見えている)

②大道路を渡り、再びまっすぐ歩くと、右手に県庁裏の駐車場が見えます。

県庁前駅、東口です。ホームページに出口の記載無かったため、間違えの無いように。

~車で県庁裏の無料シャトルバス駐車場まで~

県民広場地下駐車場等の有料駐車場を利用し、県庁裏駐車場へ。慰霊の日は、沖縄県内は休日となるため、県庁舎の駐車場は利用できないそう。

無料シャトルバスの運行には限りがあります

混雑状況によって運行終了時間の直前(午前10時)に着いた場合、乗車できない可能性もあるので、時間に余裕を持っていくことをおすすめします。

私たちが到着したのは、当日午前9時30分頃でした。無料シャトルが残り2台あっただけで、結構ギリギリでした。

バス走行時間は1時間ほど。定員は50名。

ちなみに、座れます。これ気になりますよね。

お年寄りの方も多く利用されていたからか、立ち乗車の案内はしていませんでした。

  • 式典会場までの行き方2~那覇空港からの場合~

無料シャトルバスを利用できない方向け。空港から出ている有料バスを乗り継ぎ、式典会場の平和祈念公園までたどり着くことができます。

ゆいれーる那覇空港駅を出発 ⇒旭橋駅で下車 ⇒ 那覇バスターミナルで89番(糸満線)のバスに乗車 ⇒ 糸満下車 ⇒ 糸満バスターミナルで82番(玉泉洞線)に乗り換え ⇒ 平和祈念堂入口下車

というルートが一般的だそうです。私は関西在住の親友と、式典会場で待ち合わせしたのですが、このルートで来たと教えてくれました。

ちなみに別ルートで、

ゆいれーる那覇空港駅を出発 ⇒赤嶺駅で下車 ⇒ 赤嶺駅前より89番線(糸満線・高良経由)のバスに乗車 ⇒ 糸満下車 ⇒ 糸満バスターミナルで82番(玉泉洞線)に乗り換え ⇒ 平和祈念堂入口下車

という方法も。

もし、早朝に那覇に着く飛行機であれば、午前10時に間に合うようにゆいれーるで那覇空港駅から県庁前駅まで乗り、その後県庁裏のシャトルバスを利用することも可能ですね。無料シャトルバスを利用することで運賃も抑えられます。

ほか、タクシーを使うのも1つの方法です。那覇空港から平和祈念公園まで、4000円前後が目安

  • 式典会場までの行き方3~私(宜野湾市)の場合~

私たちはこのようにしていきました。

宜野湾市の家から出発。車で那覇市内のコインパーキングに駐車。

最寄りのゆいれーる・おもろまち駅から県庁前駅まで乗り、県庁裏から無料シャトルバスで平和祈念公園へ。

ゆいれーるの通っているところまでたどり着くことができれば、無料シャトルバスや、その他バス等の交通機関を使って簡単に行くことができます。

  • 式典会場までの行き方~NG編~

一般乗用車での来場は、ホームページでも、

御参列の際は、県庁発の無料シャトルバスかバス・タクシー等の公共交通機関を御利用ください。(公園内は車両規制を行っているため、一般車両は入れません)

沖縄県庁公式ホームページより引用

としています。

実際、式典を終えて帰る頃、公園内にはたくさんの一般乗用車が駐車されているのを見かけました。知らずして来たか、そうでなかったかは判りませんが、多方面へ向かう(帰りの)シャトルバスもたくさん行き交う中、そうした駐車された乗用車の存在がシャトルバスの交通を滞らせていきます。

車社会の沖縄県民にとって、公共交通機関のみと縛られてしまうのは、それこそ不便かと思われます。ですが、沖縄県としては県内外たくさんの方に参加してほしいという思いがあるはずです。県からのお願いに従ったうえで、参加していただきたいものです。

 

平成30年沖縄全戦没者追悼式

午前11時50分から始まり、会自体は60分ほどでした。当日係の人から手渡されたプログラムは次の通り。

特に印象に残ったのは、平和の詩の朗読。

この「平和の詩」は毎年、沖縄県平和祈念資料館が小・中・高校生を対象に募集しているもので、今回は最優秀賞を受賞した浦添市立湊中学校三年・相良さんが自作の詩「生きる」を読み上げてくれました。

これを聞きに来たと言っても過言ではないほど、私は期待を寄せていました。

力強く、丁寧に、ひとりひとりの心に訴えかけるようにして読み上げる彼女の姿。

20万以上のみ霊の声なき声が、彼女の声と化して聞こえてくるようでした。

「生きる」から放たれたひとつひとつの言葉を、これからもしっかりと私の心の中で育てていきたいです。

相良倫子さんの平和の詩「生きる」 全文 毎日新聞

式典が終わると、琉球新聞が速報を配っていました。お疲れ様です。

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日よけ・熱中症対策は万全に

今年は慰霊の日、当日の梅雨明けで、ピーカン照りでした。炎天下の中、テント下の陰に設置された椅子に座って参加しましたが、気温も湿度も高く、式典が終わる頃には、ぐったりでした。

もし来年以降、参列される方がいらっしゃれば、日よけ、熱中症対策にはくれぐれもご注意ください。水分補給も忘れずに。

 

  • 帰り道~式典会場(平和祈念公園)から那覇市内へ~

式典会場(平和祈念公園)から那覇市内行きの無料シャトルバスが出てます。

復路の始発便:式典終了後すぐ

最終発車時刻:午後3時頃

那覇行きのみならず、聞きなれない地方方面へのシャトルバスも複数あり、県内の方々も多く参加してることが見受けられました。

行きと同様、座れます。

無料シャトルバスを利用する場合、最終発車時刻までは各々で、自由に過ごすことができます。近くの平和祈念資料館に入ったり(慰霊の日は無料公開している)、お線香をやったり。ご遺族の方々は、平和の礎に刻まれた御霊に献花をしていらっしゃいました。

関連行事として、平和祈念資料館無料公開の他にも、沖縄平和祈念堂の無料公開もあるそうです。

 

参加してみて

以上、追悼式の感想を付け加えながら、式典会場までの行き方から帰りまでをまとめてみました。他にも違ったルートでたどり着くことができるかもしれませんが、私自身が来年以降も不便なくたどり着くために、来年の私に向けての記事でもあるということを申し伝えておきます。

私は、『沖縄戦で失われた20万以上の御霊に思いを馳せ、世界平和を願う沖縄の心を世に放つ』というこの式典の趣旨に賛同し続ける限り、毎年参加しようと思っています。

73年前。沖縄戦で死を突きつけられた方々や、ご遺族の方々の気持ちは想像さえ及ばない。けれど、想っていたい。過去のかなしい出来事や、そこに身を強いられていた方々のことを真に理解するには想像力が及ばないけれど、私なりの干渉しない想い方、そっと見守る想い方をする。

過去を伝える、ということ。それは命をみつめることそのものであり、命を引き継ぐということにも通づる気がするのです。

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