はじめまして、伊藤和史さん

東京拘置所




その日はどきどきしていた。3年前の今頃だったろうか、わたしが初めて、ある死刑囚と面会した日のことだ。

東京拘置所へ訪れたのもこの日が初めてだった。死刑囚は必ずしも凶悪ではないということを知ったのもこの日で、人はやさしいままで凶悪になれることを知ったのもこの日だった。人を殺して切り捨てる死刑という発想に対する違和感を抱いたのも、この日だ。

 

 

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"被告人との関係"欄

拘置所の窓口に行き、慣れない面会手続きを進める。面会申出書に私の個人情報を書き込んでいく。そこに、被収容者との関係を書く欄がある。私はしばらく考えた。面会に至るまでに数回、文通を繰り返していた。この時点で一応は"知り合い"だろうか。何となく、近い存在であれば面会許可がすぐにおりるだろうという、その時の安易な発想で、"友人"と記すことにした。

面会室

淡々と事務的処理をこなす、少し無愛想な刑務官に面会申出書を提出し、数分待たされた後に全ての手荷物を預け、セキュリティチェックを経て面会室へと向かう。
面会室は皆が想像する、刑事ドラマに出てくるような個室。ちいさな部屋の真ん中が遮蔽板で仕切られ、向かい合わせに椅子が並べられていた。

面会室の席に着く私。いつ死刑囚が現れるのだろうと、たぶん強張った表情で待機していたと思う。
その間ずっと「私は何をしてるんだろう」と繰り返し自問していたのを覚えている。
「死刑囚に会って何になる?」
「人を殺めた凶悪で残忍な人物にわざわざ会うなんて、どうかしてるんじゃないか」と後悔にも似た感情を抱くと同時に、自分自身の赴く関心の奇妙な傾き加減に嫌気がさしていた。

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はじめまして、死刑囚

一息いれる間も無いままにやってきた、対面のとき。
遮蔽板の向こうの扉窓から、こちらを見ている人がいた。死刑囚だ。
彼は刑務官に連れられ入室した。死刑囚の目はまっすぐわたしに向けられていた。
その姿を見ただけで私は何を話したら良いのか解らず、どんな表情をすれば良いのかも解らず、ただ目の前に現れた人物が確かに死刑囚だという事実をつなぎ合わせることに時間を要していた。
そんな様子を察したのか、おぼつかない私に死刑囚は起立したまま、とても謙虚にこう言った。

「こんな僕のために、貴重な時間を使ってくれて、ほんまにありがとうございます。」

心地の良い柔らかな関西弁。とてもやさしい笑顔をしている。凶悪で残忍なはずの死刑囚から、そんな謙虚で改まった言葉をかけられるなんて見当違いも甚だしい。心が激しく動揺する。
あなたは本当に人を殺したの?とつい言ってしまいそうなほど、やさしい笑顔の柔らかな雰囲気を持つ死刑囚だったのだ。その画が自分でも信じられず、その瞬間が夢でなく現実だと受け容れるのに困難と必死を貫いていた。
それまでの死刑囚に対する先入観と、メディアが視聴者に見せる偏見に満ちた悪魔のような犯人像と相反し過ぎているのだ。

会話の内容は、あまり覚えていない。

15分という面会を終え、面会室を出た私は、動揺し続け疲弊しきった心を潤すかの如く、内から込み上げてくる感情を抑えきれず、面会室の扉を背に涙した。

溶けあう"境界線"

会話の折に見せる、彼の明るい笑顔。どんよりとした面会室に光を射すのは、元気を与えに来たはずの私ではなく、彼の方だった。笑うと目が小さくなる。その笑顔を見るたび私の緊張は解きほぐされ、自然とうち解けていった。一般人の私と、ある死刑囚の対話。こちら側が勝手に引いていた境界線が緩やかにとけていった瞬間だった。

真島事件ー3人を殺めた

その死刑囚の名前は伊藤和史。わたしは彼を"カズさん"と呼んでいる。
彼の犯した事件について少しだけ触れておきたい。そして、ここからはなるべく死刑囚という表記を控え、一人の人間としての〝彼〟または〝カズさん〟と記すことにする。

2010年3月24日、人口2000人のちいさな村、長野市真島町で事件は発生。金融業を営む一家3人が行方不明となり、20日後に3人の死体が発見された。数日後、被害者の下で住み込みで働いていた従業員2人に加え、共犯とされた容疑者を含め計4名が逮捕。この事件が、長野一家三人強盗殺人事件、いわゆる《真島事件》である。そしてこの事件の主犯となったのが、伊藤和史、カズさんだった。
東京高裁にてカズさんに死刑判決が下され、最高裁で確定。現在確定死刑囚として東京拘置所に居る。

ひとりごと

まさか私がカズさんと交流することになるなんて、想像したこともなかった。この日を境に、あまりにも"普通の人"と変わらないカズさんとの交流が深まっていく。

新しい友人をつくるのと同じように、そしてその友人を大切に想うのと同じように、わたしはカズさんとの生きた時間を増やしていった。彼の苦悩に触れるたびに、交流が深まるたびに、死刑制度そのものに対する疑問をも抱えて行くことになる。そうなることを、この時はまだ知らなかった。

 

 

次回につづく。

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