こんにちは、伊藤和史さん




「またね、来週ね」。

拘置所のルールで決められた、15分という短い時間の面会を終えるときに、遮蔽板に互いの手を這わせて交わす言葉。

私は死刑囚(伊藤和史、通称カズさん)に初めて出会った2014年2月19日から、時間をつくっては文通や面会を重ね、交流を深めることになった。 ※前回のブログ参照されたい

はじめまして、伊藤和史さん

2017.01.13
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〝死刑囚〟でなく、一人の人間として

遮蔽板に這わせる彼のとっても大きな手。とってもあたたかなそうな手。

遮蔽板は社会との隔絶だけでなく、目の前にいる人のぬくもりさえも遮断してしまう。死刑囚の生活の営みは輪郭どころか、ぼんやりとさえも視えてこない。

カズさんの柔らかそうな手。その手で人の首を絞め殺したとは思えないほど。なぜなら彼はとてもやさしいから。彼との対話は私にとって、いのちを見つめることそのものだった。

こう言うだけで反論が絶えないだろう。この国の表現の自由はすっかり根腐れてしまったけれど、わたしを介して何人もがカズさんと交流したという事実は、ちっぽけな草の根活動も決して無駄ではないと言いたい。

そして皆、彼のあまりの"普通"ぶりに「ほんとに人を殺したの?と思った」と口を揃えたものだ。

多い時は週に2回、平均でも2週間に1度ほどのペースで彼に会いに行った。気づけば拘置所へ通うことが、私の日常と化していた。重い空気が漂う面会室も、二人の会話となればまるで花が咲くような目映い時間だったのだ。

なぜ殺してしまったのか

自らの罪と内向し、人間味に溢れた彼が人を殺めるまで凶悪になれるなんて、どれだけ心が追い詰められた状況だったんだろうと、わたしは彼の犯した事件と向き合うようになっていく。明るみに出ていない過程を知りたくなったのだ。

彼の主任弁護人、今村義幸弁護士。私は今村先生に事件について教えてほしいと依頼し、関連資料を求めた。そしてそれらを貪るように読み込んでいった。

真島事件掘り起し

以下、被告(死刑囚・伊藤和史)上申書より、事件に至るまでを私の言葉を加えながらまとめる。

被告伊藤(以下、伊藤と記す)は、殺害された三人の被害者(以下、Aらと記す)と出会うまでの間、奥さんと一人娘と三人で円満な家庭を築いていた。

多趣味で多彩な特技を持つ伊藤は、生活のための稼ぎを得るため、日々業務に従事した。

2005年のあるとき、伊藤の職場の元従業員から食事の約束を持ちかけられ、措定された待ち合わせ場所に行くと、そこは某暴力団の事務所だった。元従業員は暴力団と密接な関係にあり、伊藤を騙し招いたのだ。

これを機に伊藤は、被害者Aらと出会うことになり、期せずして金銭・労働力目当てで拉致監禁されてしまうまでに。

以降事件発生の2010年までの5年間、Aらの元で労働を強いられる。給与がないこともしばしばだった。伊藤に関わる全ての情報(住民票から戸籍、知人関係など)は丸ごとAらに握られ、自宅の鍵や携帯電話などの貴重品も没取される羽目に。自由も許されないまま完全にAらの監視下に置かれる生活へと激変する。

Aらからの容赦ない肉体的・精神的暴力団が常々注がれ、情緒を保てないほど追い詰められていった。

Aらの暴力は加減を知らず、ひどいときは刃物で腸がむき出しになるまでの傷を負わされることもあった。

治療もままならないまま、Aらからの暴力と精神的圧力は日に日に増していった。

伊藤を絶対に逃すまいと、Aらが伊藤に幾度となく脅した言葉が、「お前は逃げられへん。」「逃げたらどうなるか分かってるよな」。

想像してみてほしい。この状況下の生活を。もし自分だったらと置き換えることができるだろうか。ほんとうの被害者は、どちらだというべきか。

自身の解放と家族との生活を取り戻すため、伊藤はついに犯罪に踏み切ってしまう。

追い詰められた伊藤は"殺すこと"でしか自分を家族を守れないと思い至った。それ以外に、自分を、愛する家族を救える方法を知る術もなかった。

伊藤に課せられたのは、死刑。

この結果を受け容れろという裁判所の判断に、司法のみすぼらしさを感じるのは私だけだろうか。

吊るされたときの顔

彼の笑顔を想うとき、彼が吊るされる瞬間をも想像してしまう。

執行の立ち合いをした刑務官から聞いた話によると、
刑場に連れられたらまず遺書を記すそうだ。その後一服の時間が与えられ、少し時間をおいた後に刑務官数人に執行台に連れられる。布で顔を覆われ、首に縄をかけられ、ほどなくして床が抜け落ちる。

全体重が身体の落下と共に首一点に集中するのだから、首を食んだ縄は、頚骨を粉々に砕くに違いない。千切れそうな頭と首をつなぐ皮膚は伸びきりに。身体は落下の勢いで数回バウンドを繰り返したあとに、ギシッギシッと音を立てて揺れ、時にブルブルと身体の痙攣が伝うそうだ。

顔を覆った布は、顔中の穴から飛び出した液体で絞れるほどに濡れていく。

そのとき、彼はどんな表情で息絶えるのだろう。

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「お迎えです」という合言葉

朝9時の「お迎えです」は、いつ来るか判らない死の訪れ。きっと彼は、このときが来る恐怖の中を生きている。その心情は、死刑囚である彼本人にしか解らない。

「人を殺したんだから、当然の仕打ちだ。」

こんな一言で納得できるなら、どれだけ楽に生きられるだろう、と思うことがある。人を殺すことの苦悩を刑務官に託し、殺す過程で関わる全ての人の苦悩にも背を向けられたなら。

視点をつなぐことー私の役割

こうして言葉を紡ぐことは、誰かにとってはくだらない善かもしれない。もしかしたら私が記してきたことは何の効力にもならないのかもしれない。声を上げることさえ無意味なのかもしれない。でも私が沈黙してしまえば私という視点は闇に葬られてしまう。ならば世間が無理解であろうとも発信することをやめないで生きたいと思う。

ひまわりの色紙と共に

伊藤さんは、度々わたしに絵を描いてくれた。どれも、大切に保管している。色紙に、年賀状に、メッセージカードに、これまで複数枚に渡って絵をくれた。私に描いた絵が、彼の作ったポストカードになったこともある。数々の作品の中で、ひときわ思い入れの強いものが、ひまわりの絵の色紙だ。

花瓶にしたためられた一厘のひまわりが太陽に向かって力強く咲き誇っている絵。ふつう、ひまわりは土から図太い根を生やしているものだからこそ、花瓶の中にある一厘のひまわりの絵に、最初違和感を覚えた。伊藤さんは拘置所内でも花の手入れをしていたから、花といえば種類を問わず花瓶に入れられているという印象をもっているのかもしれない。

絵の横には、

「ちづる、いつも見ているからね」

と筆ペンで丁寧に綴られている。私はその色紙を部屋の中に飾り、いつでも眺められる場所に置いている。なんだかカズさんに見守られているようで。その居心地から離れたくなくて。

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