内閣総理大臣の追悼式談話




真冬を生き抜いた木々たちに、春の息が吹きかかる。桜の蕾が顔を出し始めた。自身の樹体に桜が咲きほこる美しい風景を心の支えに、木々たちは冬を越えるのだろう。

まだ、ピリリと冷たい乾いた風が、道を行き交う人々の肩を硬ばらせる。それでも陽の光はだんだんと柔らかくなってきた。
とても律儀に謙虚に、ゆっくりと唄うような速さでやってくる春の足音に耳をすませる。
新しい季節は、前へ進むしかない、と背中を押してくれるようだ。

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あれから6度目の春。

あまりにも大きな悲しみが世界中を覆った東日本大震災から
6年という月日が経とうとしている。当時、小学一年生だった子どもたちは中学一年生になった、と言うと時の流れを一層はやく感じる。

この時期の3.11に関連する報道は、今年はやや、"節目"とよばれた昨年よりは落ち着いているように思えるのは気のせいだろうか。

無数の語られざる細部

私は現場を知らない。報道や写真でしか、3.11をみたことがない。だから想像する。

一口で『東日本大震災』といわれる時間の中に顧みられてこなかった、語られざる細部が無数に埋め込まれているということを。

真っ黒な濁流が首まで襲ってきた人がいたことを
さっきまで笑いあっていた友だちが津波にのまれ、還らぬ人となった事実を突きつけられた人がいたことを
愛犬の散歩紐をぎゅっと握りしめたまま最期を迎えた人がいたことを、
福島第1原発事故直後から休まずに、放射能を浴びせられた患者の治療を続けた人がいたことを、

自身を守るために故郷を離れた人たちに容赦なく注がれる、冷たい言葉が絶えないことを、
仮設住宅の満期後の住居先を必死に探している人がいることを、
おおくの命を失いながらも、自然界に現れた「原発」に頼る生き方を変えられない今を。
その事実を見つめては痛みを想像する。想像が追いつくことはない。

私はこの件に関しては第三者。そんな自分が紡ぐ言葉があるのだろうかと考え込む。それでもこの時期になって考えるのは東日本大震災のことだった。

「教訓を常に顧みてきた」か

今回も国立劇場で行なわれる追悼式の当日スケジュールが気になり、ネットで調べてみた。

HP上にあった、今年の六周年追悼式についての首相の談話を読んだ。
昨年の五周年追悼式についての談話も合わせ読む。
たった数行が追加されたのみだった。

「大きな犠牲の上に得られた教訓を常に顧みながら、防災対策を不断に見直し、国民の生命・財産を守るため、災害に強い強靭な国づくりを進めてまいります。」
だと。それが安全の新基準を満たした原発の再稼働だ、とでも言いたいのだろうか。

まるで当事者の気持ちを汲み取っているかのように、蝶々と華々しく語る彼の姿が脳裏に浮かぶ。

一人一人の持つ痛みは揃いにくい。
他者の無数の痛みは、当事者でない限り、想像すら及ばない。
彼は何を顧みてきたというのか。置き去りにされた悲しみを、本当に知っていての談話なのだろうか。私にはそう思えなかった。時を置いて殆どそのまま用いられた談話なのだから。暗部をみつめる視力が絶望的に弱すぎるのではないだろうか。

守りたい人がいるから

突如として人の命や故郷が奪われることがある。それも、理不尽に。自殺や殺人、天災や人災が耐えない現代。天国に逝く者から教えられるのは、残酷にも、手に持っている幸せは決して当たり前のものではないということだ。

これらをどのように教訓として受け継ぎ、どのように次へと繋げていくべきか。

原発という自然界にはあってはならないものと、今後どう対峙していくべきか。
一度吹き出た放射能という見えない刃物が、誰を、何のために傷つけているのか。

圧倒的に破壊された街の写真を目にすると浮かぶのは、守りたい大切な人の顔。
どんな形であれ、あの痛みを忘れないことこそ、今後に生きつづける教訓。それは世界中の至る所で理不尽にかつ非人道的に死を突きつけられた人たちへ想いを至らせることにも、通じる気がしている。

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