足立区のAleph(アレフ)道場訪問




"アレフ"の施設(道場)に訪問する機会を頂いた。

下記Wikipediaより、アレフ抜粋

Aleph(あれふ)は、2000年2月4日に発足した宗教団体。オウム真理教からアレフと改称して発足し、2003年2月にアーレフに改称、さらに、2008年5月にはAlephに改称した。なお、アーレフないしアレフとはヘブライ文字の第一文字 א の名称である。なお日本国内では、宗教法人として認証をされていない。
本記事では、アレフに改名後の団体について扱う。改名前については、オウム真理教を参照。

2年越しの訪問

「荒木です。
おはようございます。4/9のお花見、もし千鶴さんもお越しなら、延び延びになっておりました道場をご案内する件、ご相談させていただければと思います。」

(4/9のお花見とは、毎年、死刑廃止フォーラムが主催する花見のこと。私は三年前から参加している。)

いつから延び延びになっていたのかが気になり、私は過去のメールをたどった。2015年5月、つまり2年も前から、候補日を挙げては都合がつかず、流れて、忘れて、また思い出しては連絡を取り・・・を繰り返していた。
私の方からお邪魔したいとお願いしていたにも関わらず、その行動の伴わなさに呆然とした。この機会を外せば次はまた数年後々かもしれないと思い、すぐに日程を決めた。

オウム真理教の内部を描いた映画【A2】(山形国際ドキュメンタリー映画祭市民賞・審査員特別賞を受賞)を鑑賞して以降、彼ら彼女らの暮らしぶりをみてみたいと思っていたのだ。

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アレフ(Aleph)の道場

東京足立区の竹ノ塚駅。施設は、そこから15分ほど歩いた閑静な住宅街にある。
駅の改札を出ると、いつものリュックサック姿の荒木浩さんが待ちかまえていた。彼はアレフの広告部長をつとめている。

施設正面。3回建てのマンションを借りているそうだ。
一階は男部屋、二階は女部屋、三階は修行室と使い分けているとのこと。
道場とは思えない外観に、私は
「誰もアレフって気づいてないんじゃないですか?」と聞くと、荒木さんはある方面を指した。

オウムはいらないと書かれた横断幕。いまだに警察が不定期に予告なく捜査に入ってくるそうだ。

入る前に一応確認をする。
「私のブログに、今日のこと載せて良いですか?」

少し間を置いて、
「それって、色んな人が見るんですよね?」と荒木さんは心配そうに聞き返す。

何となく断られそうな予感をした矢先、
「千鶴さんが変な目で見られるかもしれないですけど、大丈夫ですか?千鶴さんが気にしないのであれば、こちらとしては全く問題ありません」と荒木さん。

私への配慮をしてくれたのだろう。

早速中に入ると大きな玄関。そこにはお米や洗剤など生活用品が置かれていた。何となく、ゲストハウスで見たことあるような光景。


荒木さんの部屋の一部。
本や資料が所狭しと並べられていた。同部屋のIさんを紹介して頂く。A2の取材にも立ち会われたそうだ。Iさんはアレフで法務主任を務めているが、行政書士の資格を持ち、別に事務所を構えているとのことだった。

膨大な資料に囲まれた部屋。ここで彼ら彼女らは衣食住をする。その生活を想像する。私にはすこし窮屈かもしれない。


二階の女性部屋。用事をしている方がおり、今回はお邪魔せず。

 


三階の修行部屋。お邪魔します。

 

畳の間。20畳ほどの広さだろうか。
クラシック調の心地よい音楽が流れていた。
「なんだか気の休める空気感ですね」と私は無意識に言った。

 


尊師(麻原彰晃)の教えが書かれたプレートが至る所に貼られている。


アレフが出版している機関紙。

尊師の著書等。


多くの書籍の中から、一冊お借りした。


自撮り。

終始、荒木さんは丁寧に対応してくださった。

2時間ほど滞在して、帰りは駅までおくってくれたのだった。

オウム真理教、地下鉄サリン事件

道場にいる彼ら彼女らの個人的経験の実感と、世間に擦り込まれた表面上だけの認識とのズレを、約20年のときを経て、少しながら体感した気がしている。

彼ら彼女らが許されない過ちを犯したことは事実。でもその報道の在り方には著しく一方に偏っていたことも事実。

"イメージ"がどうしても先行してしまう現代、一歩引いた場所で物事を見極める努力を課せられているようにおもう。いつも事実には真摯でありたい。

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